ねえ 君もこの空を眺めているのかな

僕たちはここにいるよ

ここにいるんだよ





この空の下で





「よーし、今日の練習はここまで!」

「「「「はい!!」」」」

ここは極楽島…裏手の、寂れたグラウンド。
そこに、合宿の試験での脱落メンバーが補完訓練を受けていた。

そこに居る者達は、脱落、そして野球部除籍への絶望から復帰し。
それぞれの試練へそれぞれに熱意を見せていた。


ただ、自分たちがまだ除籍されてはいないことをまだ知らない、脱落していない仲間達に時折、複雑な思いを馳せていたが。


「は〜〜〜っつっかれたあ。」

どん、とグラウンドに腰を下ろしたのは1年の兎丸。
筋力の必要だった第3の修練で脱落し、親友の司馬とも…誰よりも猿野とも離れたことを残念に思いながら。
自分に足りない部分の補強に専念していた。

「兄ちゃんたち…心配してるかなあ…。」


「兎丸くん…。」
兎丸の言葉に反応したのは同1年の子津。

そして同じく辰羅川も視線を向けた。

互いに親友と離れ、また自らの欠点に向かうことは大事だと思い知らされてはいたが。

胸を掠める友へ、そして…特別なひとへの思慮を妨げることは出来なかった。


「そうっすね…。
 猿野くん、野木くんが落ちたときもホントに一番悲しんでたし…。」

「ああ見えて、本当に友人を大事に思っていますからね…猿野くんは。」

犬飼くんも大丈夫でしょうかねえ、と心配な気持ちを吐露していると。


既に件の怪我から復帰した主将の牛尾に蛇神、そして鹿目などの上級生が姿を見せた。


「君たち、そろそろ戻ってしっかり身体を休めないと…。
 明日も訓練は続くんだから。」

牛尾は以前どおりのにこやかな笑みで1年たちを労った。


そんな様子に鹿目と蛇神は顔を見合わせ、苦笑した。
本当は自分が一番不安を抱いているだろうに。



「あの…みんなさま…。」


すると、3年生たちの後ろからおずおずと少女が声をかけた。

今回の合宿で炊事洗濯などの面倒をみている山嵐こきりだった。


「あれ、こきりちゃん。もうごはん?」


「は、はい…。おみそ汁、冷めますので…。」
大勢の高校男子を相手に、まだちいさなこきりは小さな声で言った。

そんなこきりに、牛尾は怖がらないようにとにっこり笑った。


「ありがとう。今すぐ戻るよ。」

「は、はい。」
牛尾の煌びやかな笑顔に少し気後れしながら、こきりは食事の準備に戻ろうとする。


そのこきりを呼び止めたのは兎丸だった。

「あ、待ってよこきりちゃん。」


「え…なん、ですか?」

再度おずおずと振り向いたこきりに。
兎丸は質問した。


「ねえ、兄ちゃん…猿野の兄ちゃん、元気にしてる?」


どこか切ない瞳で真剣に聞いてきた兎丸に、こきりはすこし驚いた。


「さるの、さま…ですか?」


猿野天国。

こきりの大好きな祖父…棟梁の山嵐大九郎が個人的な特訓を最初に与えた少年。


時折常識はずれな行動をしながらも、その真摯な瞳は印象的で。


今も友人と離れた悲しみを振り切るように過酷な特訓に黙々と挑んでいた。

こきりは今日もその姿を見てきたのだ。



「さるのさま…とっくん、がんばってます…けど。」



「…けど?」

今度は牛尾も反応した。


いや、牛尾だけではなかった。
まわりにいる多くの人間が、こきりの言葉にいつしか耳を傾けている。


こきりは…その姿に自然と、聞いていた。


「みんなさま、おなかまが、しんぱい・・・です?」



「…そうだね。」

「もちろんっすよ。」

「当然のことです。」

「あったりまえじゃん!」

「仕方ないのだ。」

「無論のこと…。」




「とても心配だよ。…彼が…皆が、ね。」


牛尾は最後の言葉を代表するようにつなげた。

自分自身も、そして他の全員が。
野球部員達を心配しながら…誰よりも彼を心配していた。


一番優しくて、一番強いのに一番儚くて…一番いとおしい彼のことを。



こきりは目の前の少年達の真摯な想いを理解した。


そして言った。
「さるのさま、がんばってます…けど、元気ない です。」


でも、と彼女は続けた。


「みんなさまの思い、伝われば、さるのさま元気になります。」


こきりはにっこりと笑った。




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「うぉりゃああああ!!」


深夜。

天国は棟梁から与えられた課題を…竹の素振りを必死にこなしていた。


「…くっ…。」

バサッ


汗と血で滑ったのか、天国は竹を取り落とした。


「……ちくしょお…。」


身体を止めたとたんに浮かんでくるのは、失った仲間。
兎丸。辰羅川。鹿目センパイ。野木。子津…。

他にもたくさんのセンパイや同級生達。


なんで。

勝つため?

こんなんで、勝ったってうれしくなんかない…。


天国はずっとこらえてきた涙を一滴浜に落とす。


誰もいないだろう、そう思って。


けど。


「さるのさま…。」


「え?!」


天国は涙をぬぐうことも忘れて驚き、振り向く。


「こ、こきりたん?!」


そこにいたのは、今この島で唯一の少女。


「何で…ここに?」


「…これ…。」


こきりが差し出したのは、タオルだった。


「あせ…となみだ、ふいて ください…。」


「あ…はは、ごめんなカッコ悪い…。」
天国は驚いたまま照れながら。
こきりからタオルを受け取った。

そして汗をふきとり。
涙をふきとった。


「ありがとな、こきりたん。
 ごめん…タオル、血もついちまったみたいで…。」


天国はまだこきりの顔が見られないようで。
目をそらしたままこきりに謝った。


そんな姿が、こきりにはとても切なく映る。
そしてとても綺麗に見えた。


「かっこわるく ない、です。」

こきりは思ったことを素直に口に出した。
内気なこきりには珍しいことで、自分でも驚いていたけど。
この場で、天国の前で。
自分の気持ちを素直に口に出せることはとても自然なことのようにも感じた。

そして納得もした。

このひとが こんなにきれいだから みんな。


このひとがだいじなんだ、と。



「さるのさま、おもったとおりのこと じじいさまにもいって ください
 そうしたら さるのさまのだいじなもの さるのさまがだいじなひと
 きっと…。」


「…え?」


天国はこきりの口からすらすらと言葉が出てくるのに驚き。

そしてその言葉が心に優しく染み入ってくるのを感じた。


「こきり…ちゃん?」


「…さるのさま、がんばってください。」


こきりは笑って。

その場を走り去った。


赤くなる顔と、どきどきする胸をおさえながら。

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「うむ…見事 覇竹完成じゃな。」


黒撰高校との試合当日。
天国は戻ってきた子津・犬飼・辰羅川とともに修練を完了させた。


そして船を出し、神奈川の球場まで送り出した。


こきりは、港まで彼らを祖父とともに見送ることになった。


「棟梁、ありがとうございました!!」

「うむ、試合では全力を尽くすがよい。
 よく頑張った…皆。」

「はいっ!」
「っす。」
「ありがとうございました!」


「さあ、早う行け。試合が始まる。」

「はいっ!
 猿野くん、さあ行くっすよ!」

「ああ…っと、ちょっとまった!!」

球場へ走り出そうとする瞬間、天国は思い出したかのように。
こきりのもとへ走ってきた。


「猿野くん?!何して…。」


「さるのさま…?!」

天国は周りの静止を無視して、こきりの目の前に来ると。
合宿中に見せなかった満面の笑みを見せた。



「ありがとな!」



こきりは それが天国の本当の笑顔だと知った。



この空の下で彼らと共にいる笑顔なのだと。


こきりがその笑顔にもう一度会えたのは、その数日後の話。




それはちいさな少女の密やかな恋のはじまり。



end

またも内容が空中分解しました(泣)
8月男さま…散々お待たせして…本当に申し訳ありません!!

しかもなぜかエセシリアス…。
最初はギャグっぽくする予定だったんですけど。予定って変わりますね(TT;)

8月男様、素敵リクエスト本当にありがとうございました!



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